2021年3月28日日曜日

 父の気持ち👨

 R3年3月14日 誕生

 1人目に続いて、今回も心友さんにお世話になることになりました。

1人目のときは、つわりはしんどそうでしたが、その時期を乗り越えたら、比較的安定した時期が続き、38週で無事出産でしたが、今回は逆子がなかなか直らなかったり、切迫早産で入院したりと、心友さんに辿り着くまでに色々な試練があり、それを乗り越えていく嫁さんの姿が頼もしく母は偉大だなぁと感じるとともに、やっぱり出産は大変な仕事だと改めて感じました。

こんな大変な思いをして2人の宝物を産んでくれて感謝です。

1人めの出産から2年半が経ちましたが、心友助産院の皆さんは変わらず元気で楽しく親身になってサポートしてくださいました。

 父の気持ち👪

今日は2021年3月20日。

結婚してもうすぐ1年。歩未ちゃんが産まれてもうすぐ1ヶ月。

どうやら心友助産院で出産すると、父の気持ちを書かないといけないらしい。

学会等もあり遅くなったが、気持ちを忘れないうちに、今日筆を取ることとした。

これをいつ誰が読むか分からないが、読んだ人が当時を思い出す一つのきっかけとなればと思う。

妻の妊娠が分かったのは、すでに妻が10回も20回も1人で妊娠検査薬を使って検査した後だった。どうも妊娠検査薬は妊娠が順調に進むごとに色が濃くなっていくらしく、妻は心配で10回も20回も検査していたらしい。

私が妊娠を聞いてもしばらくもぞもぞして答えなかったと記憶しているが聞かなかったらどうしたのだろうか。幸い歩未ちゃんは元気に育ち、日増しに紫の妊娠陽性線は濃くなっており、順に濃くなった3つの検査薬を縦に並べて撮った写真が印象的だった。

 その後のエコー検査では魚みたいな歩未ちゃんが見え、本当に妊娠したんだという嬉しい思いはあったが、そこまで実感もなく、日常生活も何も変わらなかった。しかし、悪阻がひどくなるにつれて妻が家で安静にしている時間も増え、少しずつ生活スタイルも変わっていったが、幸か不幸か世間はコロナ真っ最中のステイホーム推進中であり、外出できない事は全く苦ではなかった。しかし妻はしんどそうで、顔が青いを通り越して白い時もあった。

妻が横になっている間は、私はPCをしたり一緒に寝ていたりしていた。

お腹がすくと悪阻は増強するらしく妻はせんべえをよくつまんでいた。

 私は出産に関しては(も?)楽観的で、問題なく歩未ちゃんが産まれると思っていたし、何かあったら仕方ないとも思っていたが、それは男だからで、歩未ちゃんが常に自分に体に一緒にいるわけではないからかもしれない。

横になった妻はいつもお腹に手をあて、歩未ちゃんと交信していた。上を向きぼーっとただお腹に手をあてているだけの姿であるが、私はそれを見るのが好きだった。本当にぼーっとしているのだが、妻が大切に一つの命を育んでいこうとしている事が伝わってきて、そういう時はぐっとくるものがあった。

 妻のその真剣な願いもあってか、歩未ちゃんは魚からヒトへと成長していった。9週くらい頭・胴・手足のヒトの形になっていたのはびっくりした。大阪の超音波が上手な先生にエコーをあててもらいに行った。3Dエコーで見る歩未ちゃんの顔は妻にも私にも似ているように見えた。手足を動かしたりしゃっくりをしたり、元気な姿を見せてくれる歩未ちゃんに私達は幸せをもらっていた。

 ところで歩未ちゃんという名前はいつ決まったのか。私も正確に記憶に無いが、妻が私の名前である“なおふみ”の“ふみ”が良いと言い出した。最初は本気にしていなかったが、お腹の中の歩未ちゃんをふみちゃんふみちゃんと言ううちに、ふみちゃん以外は考えられなくなっていた。漢字は、意味や字画なども考慮し、歩未、にした。吉田歩未、未沙、尚史、全員合計24字で大吉である。

 そして2021年2月26日(金曜日)、出産日を迎えるわけである。歩未ちゃんの出産が近づいてきている事は感じていたが、その週はどうしても外せない仕事などがあり、26日しか立ち会えなかった。それを知ってか知らずか、歩未ちゃんは26日に産まれてきてくれたのである。出産は当然初めてで右も左も分からなかった。連絡をもらって心友助産院に着いたときに奥から赤ちゃんの泣き声が聞こえて、間に合わなかったのかと思ったが、他の子だったと分かってほっとした。陣痛の痛みを逃すにはお尻を押すといいらしいなど教科書に載っているわけでもなく、ただ妻のお母さんはじめ、助産師さんの言われるままだった。

 いきむ時に妻の頭側に座って頭を支えるのだが、その時の椅子は秀逸で、足が全く痺れなかった。産まれるまで相当な痛みなどあったと思うが、妻はやりきってくれた。普段ふにゃふにゃしている妻だが、こんなふにゃふにゃして泣いてばかりの妻が、産婦人科の緊急カイザーなんかちゃんとできているのだろうか、と思っていたが、それをみてまぁ大丈夫なんだなと思い、誇らしくもなった。

産まれる瞬間は涙が自然と溢れてきた。歩未ちゃんを真に実感し、親としての責務・覚悟も決めたのもこの時だった。

 妻は出産後もとにかく丁寧に歩未ちゃんに接してくれている。私なんかせかせかしているので、ちゃちゃっとおむつ交換したらええやん、ミルクあげてさっさと寝たらええんやん、と思ってしまうのだが、『ちょっと待ってね歩未ちゃん〜』『大丈夫だよ歩未ちゃん〜』『よしよーし』と泣いている歩未ちゃんを1回抱き抱えてあやしてからおむつを交換したりしている。歩未ちゃん、あなたのお母さんはこんなにも手塩にかけてあなたを育てているんですよ。これだけは覚えておいてくださいね。

 出産のお祝いもいっぱいもらっていて、妻の人柄なんだと思って嬉しかった。

 なんとなく私の記憶にもとどめておきたい事は書いたのでこれで終わりとしたい。

 


2021年3月17日水曜日

 父の気持ち

一人目の時とは違って、二人目の時は近くで見れたので感動しました💓

臍の緒も自分で切ったり、面白い体験ができて良かったです。😀

2021年3月8日月曜日

 父の気持ち👦

3人目の妊娠がわかってしばらく経った頃、「次は助産院で産みたいなあって思うんやけど」

と妻から言われた。助産院とはどんなところなのかピンと来なかった。

妻が「良い」と思ったなら自分にも不安はなかったが、イメージがわかなかった。

 そんな中、何度目かの健診の時に初めて同行できた。それまでは、なかなか日程が合わせられず、妻と次男(1歳半)と2人で訪れていた。

 まず玄関で靴を脱ぐと、次男はまるで自宅へ帰ったかのように中へ駆けていった。

 人見知りでよそへ行くと緊張しがちになることの多い次男が、活き活きと走りまわっている姿を見て、彼はもはやここをよそと思っていないのだと感じ、助産院ってそういう空気感のあるところなんだ、と直感した。

 妻の健診が始まり、彼女がまるで実家に帰ってオカンと話しているかのようなやりとりをしていて、何だか暖かい気持ちになった。

 健診に、その後何度か一緒に行くうちに、何となく自分の中にも実家に帰った時のような気持ちが芽生えてきた。第3子の実家なのかもしれない。

 長男、次男、長女と、それぞれ別のところで出産を経験した妻の、勇気と選択を尊敬している。私たち家族の新しいいのちの始まりを、心友助産院で迎えられて幸せです。

 出産は少し冷える夜中でしたが、「また後でくるね」といって自宅へ帰る車中でも心のあったかが持続していたのは今回が初めてでした。

 父の気持ち😊

3人目の妊娠を聞いた時は、2人でも大変なのに大丈夫かな、と不安でしたが、やっぱり嬉しかったです。

女ばかりの家族に、やっと仲間ができました。

初めての男の子なので、また子育ても違った新鮮な感じになるのかなぁ。

3回目の出産でも、無事産まれるまでは心配で、何人目でも同じぐらい感動しました。